とは斯くも理解し難きイキモノだ。





「ねぇ、聞いてる?」
「ん」
目線を斜め下にやれば、くりっとした目がこちらを見ている。
さながらチワワのようだな、と思ったがそれは言わないことにした。むしろ言ったら大変なことになる。我慢したことは称賛に値するはずだ。
まぁ、正直聞いてなかったんだけれども。それも勿論言うわけがない。
「ごめん、よく聞こえなかった」
「もぉー!だから、クリスマスの話だってば」
「あぁ」
眩いイルミネーションと音楽で溢れ返る中、恋人達が無駄に浮かれる日のことか。聖誕祭であって、そもそもイチャつくような日じゃないとツッコミを入れたいところだが、昔それを真顔で言ってもれなく異性友人に鋭い鉄拳を食らったことがあるので自重した。
第一、何が楽しいんだ。
『特別な日なのよ』と女達は非常に楽しそうだが、そんなものはこちらからすれば勝手にイベントに便乗して気持ちを高めているだけであって。何が特別かなんて誰かが決めるものじゃない。つまるところ、全部自分の気の持ち様に違いないと思う。一年間にどれだけ『特別な日』があるのかと、作る気なのかと激しく問い正したくなる。
クルシミマスの間違いじゃねーよな、と儚げに笑ったが、どうやら隣にいる彼女には伝わらなかったようだ。それも良いのか悪いのか。
「展望台行きたいなー。それでさ、夜景見て……」
人の気持ちなどお構いなしで満面の笑みのまま話す俺の彼女・美奈は、高揚してか温かくなった身体をやんわりとくっつけてはプランを投げかけてくる。女はこういうイベントが本当に好きだな、と首の後ろに手をつけながら息を吐いた。
誤解を招くような思考ばかりではあるが、人混みが嫌いということと、騒々しい場所が嫌いということが主な理由であって、別に女が嫌いなわけではないし彼女が嫌いなわけでもない。
美奈との出会いは、人数合わせという名目で友人に無理矢理連れて行かれた合コンだった。
酒に弱かったのを介抱したことがキッカケとなったのか、よく連絡を取り合うようになり今に至る。取り合う、というよりは『連絡が来まくった』という表現の方が正しかったりして、俗に言う肉食系女子に押し倒された感覚に近い。
美奈は容姿もスタイルも悪くはない。あまり気に留めていなかったのだが、「何か告白された」と言った時の同性友人のジト目反応で、嗚呼モテるタイプの子なのかとようやく認識した。要するに、それくらいのスタートだったということで。
友人にはよく恋愛沙汰に『鈍い』と言われるが、それは違うと自負している。正しくは、『あまり関心が無い』。
こう言うと周囲の人間に叩き蹴られそうだが、事実なので仕方がないということと、フォローのようでそうならないかもしれないがそれは別に他者に限ったことではない。自分に対しても、正直そこまで関心が持てない今日この頃だ。
そんな状況で何故彼女なんぞ作れているかというと、勢いに負けて流されたというのが一番の理由であって、『こちらが惚れこんで落とした』とかいうドラマティックなものは残念ながら皆無だったりする。始まってしまえば何とかなるもので、それなりに付き合えてしまうというのもまた皮肉な話だ。
おそらくそれは別に経験がないわけじゃない上に、社会の中である程度揉まれて生きている大人だからだろう。
「あ。そうだ、悠斗。今度さ、遠野さん紹介してくれない?」
「遠野さん?何でまた」
「友達に良い人いない?って訊かれちゃって。遠野さんって独身だし彼女いないでしょ?」
「はぁ……結婚はしてないけど、彼女の有無まではちょっと」
遠野修一は会社でのチームリーダーの一人だ。確か年上で、仕事が出来るという印象がとにかく強い。気さくな人だと言われているが、実際あまり接する機会がないので周りが言う『気さくさ加減』は分からなかったりする。
「え、分からないの。何で」
「いや、何でと言われても」
「一緒のチームなのに?」
「チーム一緒でもあんまりかぶる案件ないからな。ぶっちゃけ、よく知らない」
それに編成人数どんだけだと思ってんだ。二桁軽くいますけど。
同じ出版社の、同じデザインチームで働いているからと言って、チーム全員と親しい人間関係なんぞ作れてたまるか。
美奈はこの回答が不満なのか、腕を組んで少し口を尖らせている。
「そうなの?親しいのかと思ったんだけど」
「ほー。その根拠は何処からやって来るんでしょうか」
「この前話したもん」
ちょっと待て。
「……いつ?」
「先週、ラウンジで悠斗待ってる時。悠斗のこと結構話してたから、てっきり」
残業かもしれないと言ったのにそれでも待ってると勝手に会社まで来てひたすら下のラウンジで待っていたあの日のことですか、という台詞をギリギリ飲み込んだ。
美奈が言うに、お疲れ様と労いのような意味で飲み物をくれたらしい。知らぬ間に自分のテリトリー内で何をしてくれているのか。全くわかったもんじゃない。
しかし、遠野さんも接点があまりない自分の何を一体語ってくれたのか。ちょっとした違和感を含んだ謎が残る。
「ちゃんと私のこと覚えててくれたよ?ほら、この前ちょこっとだけ御飯食べたじゃない?」
「あぁ、お前が合流したウチの部署飲みな」
「そうそう。挨拶しか出来なかったんだけど……あの時からイケメンだなーって思ってたんだよね」
「まぁ、それは確かに」
どちらかと言えば、整っている方だとは思う。雰囲気も落ち着いていて、いわゆる大人の男だ。
たった一度、しかも数時間の出会いで女の顔を覚えている辺りは、どう捉えて良いのか悩むところではあるが。
「でしょー!もったいないじゃない?」
「だからと言って押し売り紹介する理由にはならねーけどな」
「えー。てゆーか、その言い方は酷い!」
そんな『今がチャンスの御買い得品』みたいに大体的な売りつけをする方がどうかと思う。
同意を得なかったことに機嫌を損ねたのか、美奈は少し俯きながら俺の手を握っては揉み始めた。こうなると少々面倒くさい。ましてや、人の話題でこうも振り回されないといけないのかと思うと、より面倒くさい。
「……まぁ、訊いてみるだけ訊いてみれば?」
「ほんと?じゃあ、宜しくお願いします」
途端に笑顔を浮かべ、頭を下げる自分の彼女をまじまじと見つめた。
何が宜しくなのかサッパリ意味が分からない。頼むから俺を巻き込まないでくれ。
「いや、意味わかんねーから」
「女は女、男は男。内からこう、攻めないとね!」
「いやいや、全く意味わかんねーから」
「大丈夫、大丈夫!」
「いやいやいや、全然大丈夫じゃないんですけど」
「じゃあ、空いてる日程訊いといてね!」
だから意味わかんねーって言ってんだろうが聞けよオイ。そもそも連絡先知らねーよ。明日か、明日訊けって言ってんのか。
そんな言葉は耳にも入れず、何やら輝いた目をしてメールに勤しむ横顔に目を細めたのは言うまでもない。

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Gray-Boderline
2012/10-
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